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アイモコ豊年祭! アイモコ豊年祭〜CD発売記念ライブ〜 【日 時】2008年10月26日(日) 開場14:30/開演15:00 【場 所】桜坂劇場 Aホール 沖縄県那覇市牧志3-6-10 [地図] 【料 金】前売:2000円 当日:2300円/小学生以下1300円 ※1ドリンク付き ※未就学児童でも座席が必要な場合は有料となります。 【チケット】チケットぴあ Pコード 305-027 電話予約:桜坂劇場 098-860-9555 ハルサーミュージシャン・アイモコの豊年祭in桜坂劇場です! 今か今かと待ちわびられていた(?)CD発売を記念してのライブ! 歌あり、トークあり、漫才あり、抱腹絶倒間違いなし! ぜひ生アイモコに会いに来てください!おなじみのあのおばぁにも会えるかも!? ■桜坂劇場公式サイト →http://www.sakura-zaka.com/lineup-l.html#a081026 アイモコ 沖縄県大宜味村在住の音楽と自然を愛する夫婦デュオ。 無農薬にこ
「オジーの海」を読んで 60〜70 ダバオの歴史に興味ある方 是非よんでください。 オジーの海を紹介します。 mooさんのこんな文章から始まります。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ オジーの海 このブログは私の父、大宜見 朝忠(オジー)が綴った本人の記録です。 1993年、95才で他界するまで大学ノートに書き残していたものを、ここに掲載することにしました。 明治32年に沖縄県大宜味村で生まれた父が明治/大正/昭和/平成と約一世紀をどう生きたかを本人の言葉で書き綴っております。 明治期の沖縄の風景、幼少期の山原(ヤンバル)での生活、そして身売りされ糸満ヘ。その後の大平洋戦争真只中フィリピンでの ジャングル避難生活。そして故国への引き揚げ。ある意味では歴史の証言としてもお読み頂けると思います。 ☆最新記事です。 10/07)Vol...(70) ルリー http://og-007.seesaa.net/article/107730331.html (10/06)Vol...(69) 南方からの避難民
「オジーの海」を読んで 59 赤丸の中の赤い矢印⇒に「小学校」と読める建物があります。 このサンタアナ界隈に「支那人学校」の文字が見つからないので、 ここがその「サンタアナ海岸近くの支那人学校」にあたるのかもしれません。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ オジーの海 このブログは私の父、大宜見 朝忠(オジー)が綴った本人の記録です。 1993年、95才で他界するまで大学ノートに書き残していたものを、ここに掲載することにしました。 明治32年に沖縄県大宜味村で生まれた父が明治/大正/昭和/平成と約一世紀をどう生きたかを本人の言葉で書き綴っております。 明治期の沖縄の風景、幼少期の山原(ヤンバル)での生活、そして身売りされ糸満ヘ。 その後の大平洋戦争真只中フィリピンでのジャングル避難生活。 そして故国への引き揚げ。 ある意味では歴史の証言としてもお読み頂けると思います。 (筆者mooさん) この記事のアドレス。 http://og-007.seesaa.net/article/107299816.html
「オジーの海」を読んで 58 ダバオ市郊外の「バンケェロ橋」と言うのは多分ここだと思われます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ オジーの海 このブログは私の父、大宜見 朝忠(オジー)が綴った本人の記録です。 1993年、95才で他界するまで大学ノートに書き残していたものを、ここに掲載することにしました。 明治32年に沖縄県大宜味村で生まれた父が明治/大正/昭和/平成と約一世紀をどう生きたかを本人の言葉で書き綴っております。 明治期の沖縄の風景、幼少期の山原(ヤンバル)での生活、そして身売りされ糸満ヘ。 その後の大平洋戦争真只中フィリピンでのジャングル避難生活。 そして故国への引き揚げ。 ある意味では歴史の証言としてもお読み頂けると思います。 (筆者mooさん) この記事のアドレス。 http://og-007.seesaa.net/article/107294542.html ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Vol...(58) バンケ
「オジーの海」を読んで 54 オレンジの矢印に大力○△の文字が見えます。 ここが本文中の「大力商会」なのかもしれません。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ オジーの海 このブログは私の父、大宜見 朝忠(オジー)が綴った本人の記録です。 1993年、95才で他界するまで大学ノートに書き残していたものを、ここに掲載することにしました。 明治32年に沖縄県大宜味村で生まれた父が明治/大正/昭和/平成と約一世紀をどう生きたかを本人の言葉で書き綴っております。 明治期の沖縄の風景、幼少期の山原(ヤンバル)での生活、そして身売りされ糸満ヘ。 その後の大平洋戦争真只中フィリピンでのジャングル避難生活。 そして故国への引き揚げ。 ある意味では歴史の証言としてもお読み頂けると思います。 (筆者mooさん) この記事のアドレス。 http://og-007.seesaa.net/article/107197479.html ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Vol...(
「オジーの海」を読んで 53 オジーの海 このブログは私の父、大宜見 朝忠(オジー)が綴った本人の記録です。 1993年、95才で他界するまで大学ノートに書き残していたものを、ここに掲載することにしました。 明治32年に沖縄県大宜味村で生まれた父が明治/大正/昭和/平成と約一世紀をどう生きたかを本人の言葉で書き綴っております。 明治期の沖縄の風景、幼少期の山原(ヤンバル)での生活、そして身売りされ糸満ヘ。 その後の大平洋戦争真只中フィリピンでのジャングル避難生活。 そして故国への引き揚げ。 ある意味では歴史の証言としてもお読み頂けると思います。 (筆者mooさん) この記事のアドレス。 http://og-007.seesaa.net/article/107185268.html ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Vol...(53) 最初の犠牲者 私達が収容されたフィリピン小学校は、麻山方面から連行されて来る人々で2〜3日中に は一杯になりました。 食事といえばスプーン一杯の蒸し飯が一日に2回
「オジーの海」を読んで 52 ↑↑クリックすると大きくなります。 ・レッドの矢印;中ほどにあるのが「比律賓小学校」なのか・・・。 ・ブルーの矢印;サンタアナ界隈 ・黒の矢印;サンペドロ 写真提供カラバオさん ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ オジーの海 このブログは私の父、大宜見 朝忠(オジー)が綴った本人の記録です。 1993年、95才で他界するまで大学ノートに書き残していたものを、ここに掲載することにしました。 明治32年に沖縄県大宜味村で生まれた父が明治/大正/昭和/平成と約一世紀をどう生きたかを本人の言葉で書き綴っております。 明治期の沖縄の風景、幼少期の山原(ヤンバル)での生活、そして身売りされ糸満ヘ。 その後の大平洋戦争真只中フィリピンでのジャングル避難生活。 そして故国への引き揚げ。 ある意味では歴史の証言としてもお読み頂けると思います。 (筆者mooさん) この記事のアドレス。 http://og-007.seesaa.net/article/107168916.html
「オジーの海」を読んで 51 オジーの海 このブログは私の父、大宜見 朝忠(オジー)が綴った本人の記録です。 1993年、95才で他界するまで大学ノートに書き残していたものを、ここに掲載することにしました。 明治32年に沖縄県大宜味村で生まれた父が明治/大正/昭和/平成と約一世紀をどう生きたかを本人の言葉で書き綴っております。 明治期の沖縄の風景、幼少期の山原(ヤンバル)での生活、そして身売りされ糸満ヘ。 その後の大平洋戦争真只中フィリピンでのジャングル避難生活。 そして故国への引き揚げ。 ある意味では歴史の証言としてもお読み頂けると思います。 (筆者mooさん) この記事のアドレス。 http://og-007.seesaa.net/article/107168916.html ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Vol...(51) 妻の判断 無事に再会を果たせた妻や子供達に、仁太郎氏が言った話を聞かせてやると、怯えてい た子供達も少しは落ち着いたようでした。 妻にあの後どうなったかを聞いてみると
「オジーの海」を読んで 50 オジーの海 このブログは私の父、大宜見 朝忠(オジー)が綴った本人の記録です。 1993年、95才で他界するまで大学ノートに書き残していたものを、ここに掲載することにしました。 明治32年に沖縄県大宜味村で生まれた父が明治/大正/昭和/平成と約一世紀をどう生きたかを本人の言葉で書き綴っております。 明治期の沖縄の風景、幼少期の山原(ヤンバル)での生活、そして身売りされ糸満ヘ。その後の大平洋戦争真只中フィリピンでの ジャングル避難生活。そして故国への引き揚げ。ある意味では歴史の証言としてもお読み頂けると思います。 (筆者moo さん) この記事のアドレス http://og-007.seesaa.net/article/107164725.html ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ Vol...(50) 仮収容所 私を乗せた車は、サンペドロ街の近くにあるフィリピン憲兵隊兵舎のテニスコートの側 で止まりました。 そこは四方八方金網で囲まれていて、比国兵に尻を蹴られな
結婚記念日の朝に 30年前、結婚式の引き出物を依頼した夫婦茶碗。一対の茶碗が自然にくっついてしまった。 「これはくっついて離れない夫婦茶碗だからねー」と 陶芸家の田場さんからプレゼントされた 沖縄県大宜味村 「田場焼」 今日は30周年 結婚記念日です 毎日が新婚生活のような日々です・・・ ズート おしどり夫婦でと 言いたいところですが・・・ とんでもありません 新婚当時から病気になるまで 夫は元気一杯外での生活を楽しみ 決して 家庭的ではありませんでした。 夫は青年のような心を持った人 だから育児や家の事は私一人で やってきたような気がします 私の心はストレスに溢れ 夫が大事にしている 大事にはしなかったが 望んで買った ン十万円もする松を 一枝、のこぎりで切ろうと 思ったこともあった 結局、私の怒りや不満を感じてか 散水をしていたのに 松は枯れてしまったが・・・ 後に子どもは オッカーはオットーに対する ストレスを俺たちにぶつ
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